★ 第3話 旅の道連れ、それはクマ ★
クリエイター竜城英理(wwpx4614)
管理番号341-1851 オファー日2008-02-03(日) 16:09
オファーPC 真山 壱(cdye1764) ムービーファン 男 30歳 手品師 兼 怪盗
<ノベル>

「うん、とはいったものの……さて、どうするかな」
 真山壱は、若干困った表情を浮かべ、髪をかき上げながらポツリと呟いた。
(こんな筈じゃ、なかったんだけど)
 隣を見れば、にっこりと笑顔を浮かべる一人の少女。
 肩くらいで切りそろえた黒髪に、ぱっちりとした深い青の瞳が可愛らしい。
 ほんの数時間前までは全くの他人だった。
 いや、今も、と思いたいのは巻き込まれてしまった感が否めないからだろう。
 富裕階級である一人から、オークションがあるから君もどうだい? と招待を受けたのがきっかけになるのだろうか。
 時間があれば行きますと、気軽に流していたのだが、仕事が思ったより早く済ますことが出来たので、たまには買う方になるのもいいかと思い、会場に足を運びんだ次第だ。
 そんな気軽な気分だったので、あまり周囲に注意を払って居なかったのが悪かったのか、出品された品々をカタログと見比べて眺めていたところ、気づいた時には、少女が壱と同じ仕草で、硝子ケースの中のクマの縫いぐるみを眺めていたのだった。
「おじちゃま、この子、買うの?」
「いや、まだ買うと決めたわけではないけれど……。キミは、迷子かな」
「んー?」
 首を傾げている少女。
 少女の保護者を捜そうと見渡せば、居るのは警備員数人だけ。
 両親らしき姿は無い。
 出品された品の確認をすませた人々は既に、別の部屋へと姿を消しているようだった。 だが、こんな小さな少女を一人おいて、姿を消すとは思えない。
 壱はもしかしてと思い、警備員へと近づいていく。
「あのクマの縫いぐるみのケースの側にいる少女の保護者を見かけませんでしたか?」
「少女、ですか?」
 ケースを指さす壱とケースの方を交互に見るが、その表情は何か言いたげだ。
「ええ、少女です」
「といわれましても、そのケースの側に少女はおりませんし、この部屋に居るのは私達警備員とお客様だけです」
(え……。えっと、ちょっと待て。いま何て言ったんだ)
「……。もう一度お願いします」
 内心、冷や汗をかきながら、壱はもう一度聞いた。
「ここに居るのは私達警備員とお客様だけです」
 おかしなことを聞く客だと思われても、気にしない。
(じゃぁ、アレは何だ……!)
「そうですか。ありがとう」
 頭をかきむしりたい衝動に駆られながらも、表情にはあらわさずに、つまらないことを聞いてしまいましたと、さりげない口調で言うと、少女の居るところへと戻る。
「おじちゃま、どうしたの?」
「いや、何でもないよ。キミはご両親のところへ戻ると良いよ」
 なるべく小さな声で言うと、壱は部屋から出て行く。
(あやしいものには近づかないに限る)
 考えてみれば、あの警備員の表情も頷ける。
 警備員からみれば、自分が誰もいない空間に向かって話をしていることになるのだから。
(怪しい人だよ、十分に……)
 溜息をつき、ウェイターの銀盆からグラスを取り、喉を潤す。
「はぁ……普通の休みを過ごすはずだったのに」
 壁際に置かれた椅子に座り、脚を汲む。
 会場内を何気なく見渡し、ほっと息をつく。
「おじちゃま、急に居なくなるんだもの。びっくりしちゃった」
「……!?」
 ぎょっとして見れば、先程の少女が隣に座っていた。グラスをからにして置いて良かったと思う。
「ねーねー、あのクマの縫いぐるみ買うんでしょー? ねー?」
「……」
 周囲の人間には見えていないのに、少女と同じように話をするわけにはいかない壱は、黙ったままだ。
(孤児院の子たちと同じくらいの年齢だし、邪険にはしたくないんだけど)
 何処か人目につかないところが無いかと考えていると、個室の休憩室があったと思い出して、移動する。
 後ろから少女がついてくるのを確認して。
 心なしか、いつもより早歩きになっているのは、気のせいではないだろう。
 かちゃりとドアを閉める。
 それから、椅子に向かい合って座ると、壱は漸く言葉を口にした。
「あのクマの縫いぐるみを競り落として欲しいから、僕についてきているんだよね?」
「うん」
「他に買ってくれそうな人は、沢山いると思うよ?」
「だって、おじちゃま以外の人、気づいてくれないんだもの。だから、気づいてくれたおじちゃまのところに、行きたかったの」
「……気づいて、キミと話をした僕は、ちょっと怪しまれてしまったかもしれないんだけれど」
 思わず口に出る恨み言。
「そうだよねー、まさか警備員のおじちゃまに聞きに行くなんて思わなかったもの」
(ぐさっ……)
「止めてくれれば良かったのに……」
「んー、早く気づいてくれるならいいかなぁ、って思ったの」
「そうですか……」
 がくりと肩が落ちる。
「それで、あの縫いぐるみを競り落として、僕にどうしてほしいのですか」
「おじちゃまと一緒に、ついていけるかなぁって思ったの」
「は?」
(いま何ていいました?)
「おじちゃま、わたしと同じくらいのお友達いっぱい居るでしょ?」
「ああ、そうだね。でも、どうしてそれを?」
「うーん、雰囲気? おじちゃま、そういう顔してるもの」
(そうなのか?)
 壱は手を顔に当ててみる。
「少し、時間を貰えないかな」
「うん、いいよー」
 気軽にこたえる少女。
 壱は先程のクマの縫いぐるみが掲載されたカタログのページを繰る。
 大統領の名で親しまれるクマの縫いぐるみで、製作されたのは極初期。
 他のクマの縫いぐるみと違うのは、リボンのブローチ中央に大きめの宝石が付けられているところだろうか。
 とはいえ、宝石のカットは今の技術とは違い、輝きはそれほどでもないのとグレードもあまり高くはないようで、落札予想価格は思っていたよりは高くはなかった。
(これを落札したらついて行く、ということは、このクマの縫いぐるみ本体か、宝石に憑いている幽霊か、その品物そのものの存在なのかな。落札した後は、ずっと一緒にいなければならないのか……? そもそも僕だけにしか見えないのなら、孤児院に送るわけには行かないし。何より、縫いぐるみはまだケースの中にあるのに、ここにいるということは離れていても大丈夫ってことだし。仕事する時にちょちょいっと建物の中の様子を見てきて貰うとか、かなり良い感じなんじゃぁ……?)
 何だか無理矢理、良いところをみつけて良い方向に考えよう的な思考になっているのは仕方がないんだ、と自分にちょっぴり自己暗示。
「ひとつ聞きたいんだけれど、いいかな?」
「なーに? おじちゃま」
「クマの縫いぐるみを落札したら、キミがついてくる。で、キミが見えるのは僕だけなのかな?」
「ん〜、気に入った人についてー、気に入った人が、わたしのこと見えて欲しいと思う人ならだいじょーぶだと思うの」
(やっぱり憑いて、の間違いじゃないんだ……)
「そうなのか。僕が独り言を言っているように見えない状態にするには、キミを落札するしか無いってことか」
「うん、そういうことになるよね♪」
 わーい、わかって貰えたとばかりに、嬉しそうな少女。
「がんばります……」
 振り回され気味な少女に、壱は、はははは……と力なく笑うと、少女を落札すべく、会場へと向かったのだった。


 無事に落札し、手続きを済ませ、壱の手元にクマの縫いぐるみ、もとい、少女が憑いていた。
「……さて、どうするかな」
「ねー、へんじゃないかなぁ?」
 さっそく文句を言う少女。
「トランクケースに入れたら嫌だと言ったんですから、ひとまず、そこで我慢して下さい」
 スーツ姿に斜めがけしたバッグに収まっているのはクマの縫いぐるみ。
 壱が乗っているのは、白と橙のコントラストが格好いいロードバイクだ。
 颯爽と走り続ける中で、会話する分には全く不自然に見えないので、ごく普通に話している。
「んん〜、うん。これくらいかな」
 バッグから顔を出す位置が気に入らなかったのか、少女がぐいぐいとクマの縫いぐるみの顔を出して、満足そうに微笑んだ。
「仕事の時には縫いぐるみはホテルに置いておきますからね」
「お仕事中はしかたないものね。でも、お手伝いが必要な時には、連れて行ってね。この子が居なくてもついて行くことは出来るけれど、行動範囲がどこまでいけるかわからないもの」
「あぁ、自分の限界がわからないということですね」
「うん、そういうこと」
 壱の肩に両手をつき、風を受けて気持ちよさそうに微かに瞳を細める。
「この子の最初の持ち主さんがおばあちゃんで、世界旅行に憧れていたの。おばあちゃんが行きたかった世界旅行に、わたしが連れて行けたらなぁと思ったんだ。おじちゃまなら、世界中まわってるでしょ? わたしと同じくらいの友達にも会わせてくれて、世界旅行にも連れて行ってくれるって、一目でわかったんだー」
「なかなかスリリングな世界旅行になるかも知れませんよ?」
 少し意地悪く言う壱に、少女は言った。
「人生にスパイスは必要だと思うから、大丈夫〜」
 何処かの俳優が言ったような台詞を言うと、少し大人ぶって、ふふふと笑ったのだった。

クリエイターコメント竜城英理です。
プライベートノベル、オファー有り難うございました。
お返しが随分と遅くなり、申し訳ありません。

クマの縫いぐるみは、持ち主を知っている少女がおばあちゃんのかわりに連れて歩きたいと思っているので、いつも一緒です。
少女は、宝石の方にくっついているので、お仕事に使う際には、外して頂いても大丈夫です。
ただ、少女が、一緒じゃなきゃいやーとか言いそうですが。
ついてる(憑いてる)ライフが良い物でありますように、祈っています♪
公開日時2008-03-08(土) 11:40
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